佐藤直曉の著書を解説する「佐藤直曉と読者のサークル」

リーダーの暗示学

リーダーの暗示学

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  • 視点はリーダーの指導力をいかにつけるかというところにあります。暗示を使って人をどうこうしようという方はご遠慮ください。
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配信タイトル

第1回 観念とは
第2回 相手の観念を理解する1
第3回 相手の観念を理解する2
第4回 否定的な観念を壊す暗示
第5回 観念をさらに強化する暗示


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本書の目的と読者へのメッセージ

◆本書の暗示技術とは

 本書は暗示技術について解説したものである。ただし、本書はリーダーの指導力強化を最終目標としているため、自己暗示ではなく、相手(部下)にかける暗示技術をメイン・テーマにしている。

 本書の暗示技術は、相手の潜在意識に語りかけるための技術ともいえる。気がついていようといまいと、我々の行動は深い心、つまり潜在意識によって支配されている。その深い心に働きかけるのが、暗示技術である。

 本書を読めば、リーダーは暗示技術を獲得でき、それによって、メンバーの意欲を高め、生き生きとした行動を彼らにもたらすことができる。また、メンバーに対して効果的な指導ができ、円滑な人間関係をつくることが可能になる。

 本書の暗示技術は、日常生活レベルでの活用を考えており、けっして特殊な状況を想定するものではない。本書は有用な暗示事例を紹介している。しかし、ハウツーものではない。事例集というわけではない。

 私は事例ばかり読んでも、暗示は使えないと思っている。むしろ、暗示の背景にある人間心理や、行動要因が重要であると考えるので、そちらについてかなり詳しく説明を行っている。そういう意味で、本書は暗示をテーマにしているものの、人間の理解を視点に入れたものになっている。私としては、暗示技術以前にそのことが重要であり、それなくして、暗示が効果を発揮することなどありえないと考える。

 本書が考えるリーダーについても、一言触れておきたい。本書は、一応ビジネスリーダーを念頭においているが、それだけに限らず、学校の教師や、趣味の団体のリーダーなど、あらゆる組織の指導者を想定している。

 私は読者に、リーダーとしての志を高くもっていただきたいと願っている。世の中には、人を自分の意のままに動かすことだけを考えるリーダーもいる。だが、本書はそのような立場はとらない。メンバーのやる気や自主性を引き出し、能力を十分に発揮させることだけを考える。そういうリーダーでなければ、真のリーダーとはいえない。そのようなリーダーを目指す人のために本書は書かれている。

第一章 暗示学の基礎知識

◆暗示の定義

 暗示とは、他者によって与えられた言葉、映像やシンボルなどによって、考えや行動がいつのまにか変化してしまう作用のことである。巧妙な暗示にかけられると、相手は自分の変化が、他者によってもたらされたということに気がつかない。

 相手はいつの間にか、こちらの思うとおりに動いてしまうのである。どうして、そんな魔訶不思議なことが起こるのだろうか。そのメカニズムはあとで説明するが、理論はしばらく横に置いておき、とりあえず実例を見てみよう。

 長嶋監督ほど、心理学を研究し、それを実践した野球監督はいなかったのではないかと、私は思っているここで紹介する暗示は、長嶋監督の特異な才能を世間に知らしめた暗示事例のひとつである。

 1994年のシーズン、巨人は前半戦を好調に飛ばし、六月には独走態勢を築いたが、七月に入って突然調子を崩し、最大10あったゲーム差はみるみる減っていった。十月八日の最後の試合前には、中日に勝ち負けまったく同じで並ばれてしまった。

 追い込まれただけに巨人は苦しかった。そこで、長嶋監督は起死回生の手を打ったのである。決戦の前夜、監督は名古屋の巨人軍宿舎の一室に主力打者を集め、ミーティングを行った。

 この席で、監督は先発が予想される中日・今中投手のビデオを、何度も何度も選手たちに見せたのである。不思議にも、このビデオは、今中を打った場面だけが編集されていた。ミーティングの最後になって、監督は選手たちに語った。

「よし、いいだろう。ただ、ここでちょっとみんなにお願いがある。まだ門限までには時間があるけれど、今晩は外出しないでこのまま眠って欲しいんだ。今中に対するイメージを大事にして今晩ひと晩、ゆっくり眠ってほしい。明日のいまごろになれば何をやったって自由なんだから(1)」

 監督がこのような発言をしたのは、成功イメージを潜在意識に送り込むには、寝る前が最も効果があると信じていたからだ。半信半疑の選手もいたが、明日は決戦ということで、ともかく選手全員が監督の言葉に従った。

 一夜明けて、いよいよ決戦の日がやってきた。昨夜のビデオによる暗示が功を奏したのか、巨人選手はリラックスしていた。球場に向かうバスの中で、若い選手たちがたわいのない冗談を言い合って騒いでいるのを聞いて、これなら大丈夫だと、監督は思った。

 これに対し、中日の選手は緊張のあまり、やたらと肩に力が入っていた。試合前のフリーバッティングで、大豊とパウエルの上半身と下半身がバラバラだったのを、監督は見逃さなかった。監督はこのとき勝利を確信したという。

◆暗示は空想をコントロールする技術

 人間が行動をするときには、必ずそれについてある空想――たとえば「いやだ」とか、「やれそうだ」というようなイメージが無意識にわいている。実は、このイメージが我々の行動を決定付けているのである。

 そこで、もし、この空想を変えることができれば、我々の行動を変えることが可能になる。それが暗示である。長島監督の場合は、巨人軍選手の脳裏に刻みこまれていた、「今中は打てない」という空想を、「今中を打てる」という空想に変えようともくろんだのである。

 そして、それを可能にしたのが、今中を打ち込んだ場面だけが編集されていたビデオであった。そうはいっても、このビデオはわずか13分という短いものであった。長いシーズンでたった13分である。

 このシーズン、巨人は今中にそれほどコテンパンにやられていたのである。それなのに、どうして選手たちは「今中を打てる」という気になったのであろうか。心というのは不思議なもので、客観的な事実よりも、インパクトの強さに大きく影響される。

 そこで、今中を打った場面ばかり――自分たちにとって都合のよい事実ばかり――を集めたビデを見ると、それが実際には全体の中のごく一部にしかすぎなくても、あたかも全体像であるかのような錯覚が生じるのである。それが長嶋監督の暗示が成功した原因であった。

 この例が示すように、暗示は映像や言葉になどによって、相手の空想を別のものに変質させ、それによって相手の行動を変えてしまうことができる。それゆえ、暗示技術は、空想をコントロールする技術ともいえるのである。

◆めげていた営業企画部員への暗示

 あるとき、私の事務所に知り合いの女性が相談にやってきた。この人は営業企画部門にいて、営業部隊に対する支援業務をしていたのだが、自分の提案が通らず、すっかりめげていた。

 彼女はそれまでたまっていたストレスを発散するように、愚痴めいた話を延々と私に続けるのであった。それに対し、私は反論もしないが、かといって励ますこともせず、ただうなずくだけで、ひたすら聞き役に徹したのである。

 しばらくして、話が一区切りしたので、ようやく私は彼女に質問した。

「何かうまくいった例はないの」

 すると、地方の営業部隊から、援助を求められたことがあるという。それを聞いた私は、ここぞとばかりにほめた。

「それはすごい。東京支店だったら、義理とか付き合いがあるから、頼めば使ってくれるかもしれない。しかし、地方にはそんな義理はないから、本当に役に立たなかったら、お呼びはかからないよ。それこそ、あなたの仕事が評価された証拠だ」

 私の言葉を聞いた彼女は、だんだん元気になってきた。

◆どこが暗示なのか

 私の暗示は、彼女を元気付け、やる気を抱かせることを狙っていた。そして、それは成功した。しかし、いったい、このやり取りのどこが暗示なのか。多分、ほとんどの読者はわからないのではなかろうか。

 実は、暗示をかけられた当事者もわからないのである。そのため、こういうとき、彼らはきまって、「なぜか、あのときから元気が出てきた」と言う。暗示とは、だいたいそういうものなのである。

 暗示を考える場合、言葉の意味だけにとらわれていると、大きな間違いを起こす。言葉そのもののもつ意味は、暗示においては二義的なのである。

 重要なのは、言葉が相手にどのような空想を与えるかである。言葉の意味だけからいえば、私は「彼女の地方支店での活動実績から、彼女の能力を評価した」ことになる。しかし、これは本当はこじつけである。咄嗟の思いつきでしかない。

 部外者である私に、彼女の活動が本当によいものであったかどうか、わかるはずがない。また、実際には彼女の成功例はそれ一つしかなく、あとは全然ダメだったのかもしれない。しかし、そういうことは暗示にとってはどうでもいいことなのだ。

 どうしようもなくめげている人というのは、希望の徴(しるし)に餓えている。そういうものが欲しくてたまらないのだ。そこで、その人の長所やメリットを一つだけ取り上げ、そこに灯をともしてあげると、そこから希望の光があふれはじめ、やがて希望が心全体を覆うようになるのである。

 するとこのとき、「やれる」とか「いける」という空想が生まれ、元気がわいてくる。元気が出れば、自分でなんとか問題を解決できるようになる。それを巧妙に導いたのが、今の暗示であった。

◆若干の暗示の作法

 今示した二例は、いずれも相手が「ダメだ」と空想しているところに、「ダメでない」事実を示し、「やれる」と空想させようとしているのに、読者は気づかれたであろうか。

 しかし、相手が「ダメでない」部分は、全体のなかでごくわずかな部分しか占めていない。心をコントロールするのは、量ではなく、インパクトの強さ、つまり質であるからだ。

 多少のテクニックを要するとすれば、それは相手のよいところや長所をピックアップして称えるときに、その理屈をうまくつけてあげることだ。その出来いかんで、相手に「いける」とか「やれそう」という空想を、与えられるかどうかが決まってしまう。

 要は、相手が「ひょとするとそうかな」と、思うようにもっていくことである。理由が何であれ、相手がひとたびそれを受け入れると、相手には「やれる」とか「いける」という空想が広がりはじめ、元気が出てくる。

 注意しなければならないのは、最初に「大丈夫だ」と気休めを言ったり、逆に「頑張れ、しっかりしろ」とハッパをかけないことである。

 なにしろ、相手はもうダメだと空想しているのである。相手の抱く空想としょっぱなから対立したのでは、それ以上先に進めなくなる。とにかく、「そうか、そうか」と同意しないといけないのだ。

 また、話をよく聞いてあげて、たとえ相手が間違っていても反論しないことが肝要である。これは話すと相手の緊張がとけ、自然に緩んでくるからで、緩んだ方が暗示はよく通る。

 なかなかたいへんそうに思うかもしれないが、やってみればそれほどでもないかもしれない。機会があれば使ってやろうと、虎視眈々と狙っていると、必ずチャンスがやってくる。頭であれこれ考えるよりも、実践経験を積んでいく方が大事だ。 

◆リーダーが暗示を学ぶ意義

 リーダーが暗示学を学んだとして、暗示を用いる場面が、実際のところあるのだろうか。私自身は大いにあると思っている。

 だが、なかには、どうしてそんなまどろっこしいことをマスターしなければいけないのか、部下の態度や行動が変わってほしいと望むなら、はっきりそう言ってやればよさそうなものだ、と反論する人がいるかもしれない。

 そう言いたくなる気持ちも、わからないではない。しかし、現実には、そうやって相手が変わらないことがあるから、暗示が必要になるのである。

 だいたい人間というのは、気分が落ち込んでいたり暗いときには、暗い調子の音楽や文学を好むものである。

『昭和枯れすすき』という歌があるが、あのような歌は世相がよほど暗くないとヒットしないに違いない。

 逆に、明るい気分時は明るいメロディーを口ずさみたくなる。人間は自分に親和性のあるものを選びたがるものなのである。

 それと同じで、失敗した部下の心は「できない」とか「ダメだ」という空想が充満している。

 そのため、リーダーが「心配するな」と励ましたりすると、かえって心配したりする。また、「しっかりしろ」とハッパをかけると、かえってガックリする。

 人の心(潜在意識)はなかなか頭では思うようにはいかないのである。

 大事なことは、潜在意識をポジティブな方向に転換させることである。なぜならば、潜在意識は言葉より、感情に強く影響され、感情は空想に大きく作用されるからだ。

 先ほど私は、暗示技術を「空想をコントロールする技術」であると述べたが、別の言葉でいえば、暗示はリーダーにとって誠に頼もしい、潜在意識に語りかける言語ともいえるのである。

◆リーダーにとっての本書の効用

 潜在意識のことから少し離れて、一般論で考えてみよう。リーダーが部下やメンバーに語りかけるとき、彼の言葉が通らないのは、いったいどんな状態のときであろうか。

 第一は、聞く側(部下)が、聞く意志はありながら、それを実行できる心理状態にないときである。本書は、このようなケースのリーダーには最適だ。

 頭では聞く意志があるのに、いざとなるとどうしても実行できない――そういう苦しみにさいなまれている部下といっしょに悩んでいるリーダーには、うってつけの本だと思う。

 第二は、聞く側(部下)が聞く意志をもっていないときである。こういうとき、リーダーは、環境が整うのを忍耐強く待ち、タイミングを見計らって、部下の琴線に触れる言葉を用いることがよい。

 本書の暗示学を学べば、タイミングとは何か、また琴線に触れる言葉とはどんなものか、十分理解できるようになるだろう。

 第三は、リーダーの言葉に説得力がないときである。このようなリーダーの場合は、本書をじっくり読んで、「説得の作法」と「暗示の基本」を学ぶことだ。そうすれば、必ずや説得力は向上する。

 第四は、リーダーが信頼されていないときである。本書は、このケースのリーダーには役に立ちそうもない。そういう人たちにとって、本書はお金の無駄遣いである。私としては、そういう人たちが、本書を書店で手にとってパラパラめくるとき、このパートをうっかり読み飛ばしてくれることを願っている。

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第二章 暗示と観念

◆観念とは何か

 暗示学のドアを開いたとき、我々が最初に目にするもの観念である。観念というのは、ある対象に対して自分が抱いているイメージのことだ。別の言い方をすれば、自然に浮かぶ空想のことである。

 このイメージは潜在意識の領域に属しているので、ふだんはほとんど意識されない。第一章で、私は「暗示技術とは、空想(つまり観念)をコントロールする技術である」と述べた。

 このことは、相手の観念をよく理解していなければ、巧妙な暗示を用いることはできない、ということを意味している。そこで、これからは観念いついての分析をいろいろな角度から行っていく。

 では、まず観念と人間の行動関係から考えていこう。この点でもっとも重要な原則は、観念はその人の行動を引き起こす原因となる、ということである。これをよく表しているのが、「梅干しを見るとつばがわく」という現象である。

 梅干しを見ただけで、酸っぱいイメージがよみがえり、唾が出る。このときつばがわくのを意志で抑え込もうとしても、なかなかうまくいかない。これは潜在意識が顕在意識よりはるかに強い作用を人間行動にもたらしている証拠である。

 もっとも、梅干しの例は、単純な生理レベルに近い話である。実際のところ、観念というのはもっと社会的体験に根ざしたものが多い。

◆観念と社会的体験

 爪に火をともすような暮らしをしていた人が亡くなって、タンスを調べたら、何千万円もキャッシュが出てきた、というようなニュースを聞いたことがある。

 このようにお金にこだわる人はどんな空想に支配されていたのだろうか。おそらく、常に「お金を失う」という空想にとらわれていたはずである。何かの体験――例えば、若いころお金に苦労したこと――によって、そういう恐怖感が心に住みついてしまったのだろう。

 羹(あつもの)にこりて膾(なます)を吹く、ということわざもある。一度ひどい目にあうと、「また失敗するぞ」という空想にとりつかれる。

株で大損した人が、二度と株に手を出さなくなるのはそのためだ(もっとも、懲りない人も大勢いるが)。

◆観念と性格

 観念にはどのようなものがあるのだろうか。これから、いくつか見ていくことにしよう。まずは性格である

 人は誰でも自分自身に対して「自分はやさしい人間だ」、「勝負強い」、「明るい」、あるいは「ネクラだ」というように、それぞれイメージをもっている。これらはすべて観念といえる。

 人は自分の性格について、天性のものだと思っているが、なんのことはない、自分の観念によって、行動がそれらしくなっているにすぎないのである。もっとはっきりいえば、自分で自分とはそういう者だと認め、そう思い込んでいるだけのことなのだ。

 ではなぜそのように認めたかといえば、過去の経験や体験から、そう確信したり、思い込むようになったからである。そう言うと、「そんな馬鹿な、自分の性格は天性のものだ」と反論する人が出てくるかもしれない。では、次の例を示そう。

 学生時代にはおとなしくて控えめだった同級生が、卒業後十年ぐらいして再会したとき、見違えるように自信に満ち溢れ、積極的な人間に変っていて、驚かれた経験がある。聞くところによれば、アメリカの有名工科大学に留学して、研究者としての評価を得たらしい。

 おそらく、彼は会社の同僚たちにも認められているのだろう。その結果、自信がついて、性格も積極的になったのだと思われる。これは実績によって自信が生じ、それによって自己イメージが変わり、性格が変わった実例だ。

 しかし、意地の悪い言い方をすれば、彼の性格はこれ以降もどんなふうに変わるか、わかったものではないのである。もし彼が仕事で失敗して自信を失えば、いじけた性格になるかもしれない。

 結局、性格というのは、自分をどう認めているかであり、その認め方は、経験に大きく影響されるのである。

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第三章 観念と人間行動

◆観念と現実の一貫性欲求

 観念と行動の関係を考えていたら、ニューギニアの奥地に住んでいる人々を取材したテレビ番組が身に入ってきた。

 この部族の間では、社会的ルールが厳密に守られていたが、そのなかでも、特に大事にされていたのが、結婚に関する掟であった。彼らは、村の人間以外の者と結婚してはいけなかったのである。

 ところが、この村の若い女が、隣村の男を好きになってしまったのだ。もちろん彼女は村の掟を知っているから、傍目にも気の毒になるほど落ち込んでいる。その様子を見ていた取材陣は、なんとかしてあげられないものかと考えた。

 やがて、取材陣の一人がいいことを思いついた。彼女をビデオにとり、それを隣村の男に見せようと提案したのだ。つまりビデオレターだ。それを聞いた彼女は大喜びである。

 それからしばらくして、いよいよ隣村にビデオレターを届ける日がやってきた。すると、ある男が取材陣の前に現れ、ビデオを見せてくれと懇願したのである。だが、取材陣はまったく相手にしない。このままではらちがあかぬと見た男は、うまいアイデアを思いついた。

「この林には、いいヤシの木がある。ヤシの実をとってきてやるからな」

 取材陣は無視するが、男はそんなことに一切お構いなしだ。高い木にスルスル登り、ヤシの実をザルに山盛りとってきて、男は言った。

「これはうまいぞ。さあ、たんと食え。うまいぞ、うまいぞ。欲しければ、もっととってきてやるからな。こんなうまいものをとってきてやったんだから、さあ、ビデオを見せろ。な、いいだろう」

 テレビを見ていて、私はすっかりあきれてしまった。

 しかし、よく考えたら、この男のように恩着せがましい人間は、私のまわりにだっている。未開の国であろうと、技術立国であろうと、人間のやることに変わりはない。私はちょっと不思議な気がした。

◆観念と現実を一致させる行動

 恩を押し売りしたニューギニア人の行動について、少し考察してみよう。

 人間がある観念をもつと、観念と現実を一致させようとする強い力が、内面(潜在意識)から生じ、それにふさわし行動が呼び起こされる。これがビデオを見たかった男の行動を引き起こす原動力であった。

 私はこれを観念と現実の一貫性欲求に基づく行動と名づけた。これは、観念と行動に関するもっとも重要な原則である。しかし、考えてみたら、そんな難しいことをいう必要はないのかもしれない。

 どうしてもやりたいことがあると、人間は自分なりに必死に知恵を働かせて、それを達成しようとする。しかも、こういうときには、思わぬアイデアがわいてくる。この男の場合は、それが「ヤシの実」であった。

 要するにそれだけのことだ。どうやら私は、「格好をつけて難しく言わねばならない」という強迫観念にとらわれているようだ。

◆徳川慶喜の信条

徳川慶喜の観念と行動を分析しています。
錦の御旗についての行動などは、いかにも暗示がかっています。
その心理的背景を、若い頃からの行動とともに分析しています。


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第四章 相手の観念を理解する

◆行動分析の基本

 暗示は、相手の観念に働きかけるものである。したがって、暗示をかけるためには、前もって、相手の観念が把握できていなければならない。では、他人の観念のを知るためには、どうすればよいのだろうか。私は次のように、三段階で考えるのがよいと思っている。

 (1)相手の行動をよく観察し、
 (2)相手の立場に立って、
 (3)相手の価値観で考える。

 相手の立場に立っているようで、ちっともそうなっていないことがある。いや、その方が圧倒的に多いのではなかろうか。

 イラク戦争の前哨戦である、1990年夏のイラクによるクウェ−ト侵攻のときである。テレビのコメンテータたちが、戦争が起きるかどうか、持説を論じ合っていた。

 戦争が起きると論じる者は、「力の激突は避けられない」と、主張していた。一方、戦争にはならないとする者は、「世論調査によれば、アメリカは国民の半分以上が戦争に反対している。ブッシュ大統領(先代)が戦争をするはずがない」と主張していた。

 話を聞いているうちに、私はおもしろいことに気がついた。開戦を予想する者は、口角泡を飛ばす、いかにも熱血漢風であった。これに対して、避戦予想者は、いかにも学者風の物腰柔らかい人物であった。彼等の持説と態度はとてもよく一致しているように見えた。

◆相手の価値観を考える

 もし読者だったら、戦争が起きるか否か、どうやって判断するだろう。私だったら、こう考える。

 戦争のような国家存亡の時には、決断はひとえに組織のトップにかかってくる。だから、フセインとブッシュの腹が読めさえすればよいのである。

 それには、彼らが子供時代からどういうことをしてきたか、あるいは、逆境時にどんな行動をとってきたかを検討すれば、おおよそのことはわかるはずだ。

 大事なのは、相手の立場に立って、その上で、相手の行動価値基準で判断することなのだ。なぜならば、同じ立場に立っても、行動価値基準が違うと、異なる行動が現れるからである。

 湾岸戦争時のコメンテーターたちが犯したミスを、リーダーは繰り返してはならない。

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第五章 暗示の分類

◆暗示の基本型


第六章 基本型別の暗示事例

◆十三種類に分けて、事例を紹介


目次

目次一覧   
はじめに
第一章
暗示学の基礎知識
  1暗示の基本
     暗示の定義
     国民的行事の前日に仕掛けられた暗示
     暗示は空想をコントロールする技術
     めげていた営業規格部員への暗示
     どこが暗示なのか
     「やれる」と思わせる暗示のメカニズム
  2リーダーにとっての暗示学
     リーダーが暗示を学ぶ意義
     暗示は快を導く
     リーダーにとっての本書の効用
     聞く意志があるのに動けない人
     独立系コンサルタントの悩み
     「できない」という固定観念
     観念を変える方法があった
 第二章
暗示と観念
  1観念とは何か
     観念の働きを学ぶ/観念と社会的体験
     観念と性格/外から来る観念
     自尊心という観念
     努力という悪しき観念
  2観念は育まれ、そして捨てられる
     親が子供に刷り込む観念
     社会性によって刷り込まれる観念
     消極的観念の刷り込みの結果
     社風という観念の誕生
     社会的立場という観念
     忠誠心の不思議さ     
     忠誠心が育まれない時代
     勇者は永遠ならず
     観念の変化に気づかない悲劇
     観念と現実の乖離
 第三章
観念と人間行動
  1観念と現実の一貫性欲求
     恩を売った男
     引き寄せ効果
     観念と現実の間に横たわる障害を取り除く
     オレンジ・タルトの呪縛
     もっと怖いオレンジ・タルト
     観念に対する執着
     失敗したデザイナー
     観念が頭で現実が尻尾
     観念を捨てられない人
     イデオロギーという観念
  2事例研究――徳川慶喜の信条
     徳川慶喜の遁走劇
     遁走の原因
     慶喜の性格が問題か
     井伊直弼との会談
     慶喜の難しい立場
     参豫会議をつぶす慶喜
     禁門の変の慶喜
     ねじあげの酒飲み
     思わぬ破綻/将軍・慶喜の評価
     信条の呪縛
 第四章
相手の観念を理解する
  1行動分析の基本
     観念を理解するための行動観察
     態度から相手の観念を探る
     質問をする/相手の立場で考える
     相手の立場に立っただけでは不十分
     相手の価値観で考える
  2感受性の傾向を把握する
     感受性と空想の関係/
     毀誉褒貶タイプ(上下型1種)
     同(上下型2種)
     好き嫌いの感情的タイプ(左右型3種)
     同(左右型4種)
     合理主義的タイプ(前後型5種)
     同(前後型6種)
     勝ち負け・闘争的タイプ(捻れ型7種)
     同(捻れ型8種)
     愛憎タイプ(開閉型9種)
     愛憎タイプ(開閉型10種)
  3事例研究――吉田茂とマッカーサー
     相手の観念を探るトレーニング
     負けず嫌いな吉田茂
     自己陶酔の激しいマッカーサー
     マッカーサーと吉田の最初の会談/
     ライオンと餌/当時のマッカーサーの考え
     吉田のラベル貼りは落語から?
 第五章
暗示の分類
  1暗示の基本型
     暗示を分類する意義
     二つの軸による暗示の分類
     観念に働きかける暗示
     行動に働きかける暗示
     基本型を組み合わせた暗示/特殊系
 第六章
基本型別の暗示事例
  1観念をそのまま活用する暗示(1a)
  2観念をさらに強化させる暗示(1b)
  3観念の対象の定義を変える暗示(2)
  4観念に適合しない事実を指摘する暗示(3a)
  5都合のよい事実ばかりを示す暗示(3b)
  6現状の解釈を変える暗示(4)
  7新しい観念を与える暗(5)
  8小さな行動から始めさせる暗示(6)
  9行動をあえて中断させる暗示(7)
  10プロセスを予告する暗示(8)
  11組み合わせの暗示1
  12組み合わせの暗示2
  13観念がわくのを停止させる処理法 
 第七章
暗示をより有効に働かせる
  1潜在意識のバリアに関する理解
     暗示活用以前の問題
     無警戒なときを狙う
     単純な繰り返し/選挙でも連呼は有効
     間接的に言う手段もある
  2「機」に関する理解
     機とは何か
     心の高まりの一致度
     見えすぎると困る
     世阿弥に学ぶ「機」
     観客の気分をコントロールする技術
     序・破・急とプレゼンテーション
  3説得の作法に関する理解
     話の手順/ありふれていない説得
  4表現に関する理解
     空想を促す言葉とは
     自発的に空想させる暗示技術
     写実の重要性/空海の比喩
     最澄と空海の修行法の違い
     空海の拒絶の手紙/くどくどしい喩え
     激烈な空海の説得
     感受性に関する理解の必要性


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