伝動戦略
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伝動戦略の事例――小泉戦略
◆追い風が吹いた
平成13年春に行われた自民党総裁選挙で小泉氏が採用した戦略を取りあげ、説明してみよう。
この年の総裁選挙では、多くのハードルをクリアしなければならなかった。
・一般党員による予備選挙での勝利、
・都道府県連の支持獲得、
・国会議員の支持獲得
小泉氏の基本戦略は、自分の主張を一般党員に徹底的に浸透させ、予備選挙で大差をつけることだった。圧倒的な勢力を保つ橋本支持の国会議員団とまともに戦おうとすれば、相手は腕力にものをいわせて、完膚無き迄に叩きのめそうとやってくるに違いない。勝負にならないのは明らかだ。
伝動戦略からみても、これは正しい選択であったといえるだろう。庶民に人気のある小泉氏にとって、最も動かしやすい人々は一般党員であったからだ。田中真紀子氏を戦列に加えたことで、この戦略は一層勢いを増し、小泉人気はフィーバーの様相を呈するまでになった。
森政権の目を覆うような惨状にあきれ、絶望していた一般党員は、「たとえ痛みがあろうと構造改革を断行する」と強く主張する小泉氏に、新鮮な期待を感じた。
選挙期間中、小泉氏には幸運の女神が何度もほほ笑んでいたように思われる。第一の幸運は、ほとんどの県連が一般党員の予備選挙を行うことを決定したことだ。第二の幸運は、国会議員の1票に対して各県連の代表に3票が割り当てられたことである。第三の幸運は、ほとんどの県が、予備選挙で1位になった候補に3票全てを与えると決めたことである。予備選挙に勝てば、県の3票がそっくり手に入ることになったのだ。
もし、予備選挙が行われなければ、あるいは予備選挙が行われたとしても各県に1票しか割り当てがなかったならば、小泉氏の勝利はおぼつかなかっただろう。
さらに、総裁選挙のほぼ一週間前に行われた4月15日の秋田県知事選挙では、与党三党が推す候補が敗れてしまった。橋本派の牙城で自民は敗れた。この敗北は、自民党員全体に大きな衝撃を与えた。
◆伝動力が働きだした
こうした雰囲気の中で予備選挙が行われ、小泉氏への圧倒的な支持が明らかになっていく。県連の代表たちは一般党員が何を考えているのか理解しはじめていた。そして、七月に行われる参議院選挙を勝つためには、一般党員の意向を真摯に受け止めざるをえないと考えだした。
この段階で総裁選挙は小泉氏有利に傾きはじめたといえるだろう。この結果は、国会議員の心理にも大きな影響を与えたようだ。
小泉陣営の国会議員たちは結束を固めることができた。また、それまで橋本氏を支持すると思われていた議員たちの一部が、小泉支持にまわるという効果をもたらした。
こうした経緯を振り返れば、小泉氏を勝利へと導いた力が、一般党員――県連代表――国会議員、の順に伝播したことを理解できるだろう。これこそ伝動力の威力なのである。
伝動戦略では、力を発揮するために、動きにくいところをとりあえず避け、最も動きやすいところから着手するのが鉄則である。小泉陣営の戦略はこのセオリーどおりだった。小泉氏は最も動きやすい一般党員から働きかけ、力を結集させることに成功したのである。
もし彼が国会議員の説得を最優先にしていたならば、橋本派から強烈な反発と抵抗を受け、圧倒的な橋本派の数によって間違いなく粉砕されていたはずだ。
それにしても、これほど伝動戦略が鮮やかにきまった選挙も珍しい。選挙結果は思いがけない地滑り勝利となったが、形勢が傾くときはこんなものなのかもしれない。
伝動戦略では、当面の対立箇所を攻めず、一見すると遠回りな攻めをとるため、初めのうちは力の存在を知覚できないことが多い。しかし、ある瞬間から急激に力が強くなったように認識されていく。その典型例がこの選挙であった。
システムの特性
◆システムの見方
本書が対象とするシステムの概念を説明しよう。相互に関係し合う組織(サブシステム)の集合を、我々はシステムと呼ぶ。たとえば、国や企業、各種の団体組織などはシステムである。
家族も家族のメンバーを含んだシステムといえる。また、個人の能力開発を考える際には、個人の持っているいろいろな能力をサブシステムと考え、その集合である個人をシステムとみなすことができる。
このシステムを理解するためには、ビー玉の詰まったビニール袋を想像するとよい。この場合、ビニール袋というのは全体システムであり、ビー玉一つ一つはサブシステムにあたる。
自民党をビニール袋になぞらえれば、ビー玉は一般党員、各県の代表、地方議員、国会議員などであろう。自民党は中央の国会議員が中心になって運営しているように見えるが、一般党員の意見も重視されるし、地方議員の声も影響する。有力な支援組織の意見も影響力が大きい。
自民党の行動は、それら各集団の相互依存関係や力関係によって決まっている。このことは、システムの行動特性を理解する上で特に重要である。
◆サブシステムの意味
本書が考えるシステムの第一の特性とは、
全体システムの行動特性は、サブシステムの行動特性、およびサブシステム間の相互作用によって決まるである。
特に、「サブシステム間の相互作用」というのは大事なところだから、是非頭に入れておいてほしい。この力が働いたために、予想を覆して小泉氏が総裁に選ばれたのである。
システムの第二の特性は、システムは必ず変化するということである。
ビニール袋の中のビー玉は簡単には位置を変えないように見えるが、糊でくっついているわけではない。ビー玉どおし(つまりサブシステムどおし)の相互作用によって、かろうじて現在の位置を保っているという程度のものなのである。
この相互作用をうまく活用すれば、頑固で動きそうもないビー玉に直接働きかけずとも、これを動かすことができる。そうなれば、ビニール袋はたちどころに変形してしまう。
この二つの特性は、実はどのような形態のシステムにも存在する。したがって、伝動戦略は、家庭に発生する問題でも、企業における組織問題でも、あるいは社会の制度改革でも、まったく同じように用いることができるのだ。
◆伝動戦略はなぜ効果があるのか
生の力を使って直接対決するようなことはせず、サブシステム間に力が伝わる性質を利用しながら、それを大きな力としてまとめ、システムの中枢にあるビー玉を動かす――これこそ、弱者にとって価値ある戦略だ。
総裁選挙で小泉陣営が国会議員を説得しようとすれば、橋本派は強い抵抗を示しただろう。国会議員というのは小泉陣営にとって最も動かしにくいビー玉であった。
このビー玉は、ちょっと押したり叩いたりした程度では動かない。普通のやり方で動かそうとすれば、強い抵抗が生じるのは必然であろう。大きな力で制圧できれば簡単だが、その手は小泉陣営には使えない。
ところで、総裁選挙で団結を誇示する橋本支持派のビー玉といえども、全然動かないというわけではなく、ある種の刺激にはきわめてよく反応するのである。
たとえば、彼らは選挙と直結する国民世論には神経質なくらい敏感である。また、勝ち馬に乗ることについても極めて敏感である。
このように、頑固でどうやっても動かないように見えるビー玉でも、動きやすい心理的刺激が必ずある。だからそれをうまく活用すればまったく手をつけられないというわけではない。
伝動戦略では、障害となっているサブシステムを直接叩くことは避ける。取りあえず抵抗する場所からはなれ、いちばん動かしやすい部分を見つけて動かそうとする。
当面の問題からすれば、それはまるで見当違いの方角のように思える。ところが、サブシステム間に働く伝動力を利用すれば、この力がアサッテの方向から、やがてゆっくりと障害となっている部分に向きを変えていく。
この場合、相手は力がどこからやってきたのかよく見えない。突然降ってわいたようにすら見える。ビニール袋になぞらえれば、あるビー玉を揺さぶった結果、その振動が他のビー玉に思いがけなく伝わっていき、最後に問題のビー玉にぶちあたり、ついにビニール袋の姿そのものを変えてしまうのである。
伝動戦略では強い力を使わなくてもよい。弱い力であっても、システムの内部に力が伝わっていく過程で、てこの作用のように力は増幅され、しかも大きな抵抗を招かずにシステムに効果的に作用し、問題を解決する。
力をうまく伝えることによって弱い者でも大きな仕事をしようという発想が伝動戦略なのである。
本書の構成
◆本書の構成
序章では、本書が提唱する伝動戦略にかかわる、基本的な概念や前提を簡単に紹介する。
第一部(第一章から第三章)は戦術編である。第一章では、玉突き戦術を紹介する。これは、ビリヤードように、玉を次々と突きながら最後に狙った玉に当てる戦術である。障害を直接叩かずに、間接的にいくつもの玉を突きながら、最後に問題の核心を突く戦術である。
第二章では、集中的拡大戦術について説明する。これは、あるビー玉一つだけを取り出し、それをポップコーンのように意図的に徹底的に膨張させる戦術である。こうすることでビニール袋全体を変形させ、新しいシステムをつくってしまうという戦術である。この戦術は能力開発など、自分で管理できる対象に特に向いている。企業の場合には、強みを強調する集中戦術としてよく用いられている戦術でもある。
第三章では、誘導戦術について論じる。これは、争点となっているビー玉を、こちらの意図する方向に喜んで積極的に動くように導く戦術である。このパートは、特に人を説得したり、人を指導する立場にある人――教育者や管理職には特に有益であろう。
第二部(第四章、第五章)は、歴史上の事例から伝動戦略を検証し示唆を与える。第四章では、抵抗をまともに処理しようとして手痛い打撃を受けた事例―― 日露戦争における旅順要塞の攻撃――を説明し、読者の戦略的理解を促そうとしている。伝動戦略を立案するうえで最も注意すべき点は、目先の抵抗や対立にこだわって、すぐ反応してしまう癖である。この悪癖を取りけないと、伝動戦略の戦術論を展開しても意味がない。
第五章では、これまで説明してき戦略・戦術理論がどの程度理解できたかを確認するため、組織改革の事例を取り上げる。事例には米沢藩の蕃政改革を取り上げた。
最後に補章で、これまで述べた戦術の要点をまとめておく。これは実践の際にチェックリスト代わりになるだろう。
| 目次一覧 | |
|---|---|
| はじめに | |
| 序章 | 非対立的アプローチによる伝動戦略 1基本概念 |
| 第一部 | 戦術編 |
| 第一章 玉突き戦術 | 1玉突き戦術の基本 2玉突き戦術の運用原則 3玉突き戦術で組織を動かす 4因果関係を把握せよ |
| 第二章 集中的拡大戦術 | 1集中的拡大戦術の意義 2個人への適用 3知識の集中的拡大戦術 4企業への適用 5強みの変化がもたらす危機 |
| 第三章 誘導戦術 | 1誘導戦術と前提条件 2相手の欲求を理解する 3ほめかたを考える 4誘導的指導方法における仕掛けと決め技 |
| 第二部 | 歴史上の事例検証 |
| 第四章 対立に固執しない伝動戦略の立案 | 1無意識の悪癖 2極限の対立から学ぶ 3対立にこだわらる直接的アプローチの問題点 4日露戦争における間接的アプローチ 5争点に対する態度を考える |
| 第五章 対立の事例から非対立的アプローチを考える | 1藩政改革に見る抵抗 2上杉鷹山の藩政改革を考える |
| 補章 | 伝動戦略の目的・戦術・手段・諸注意 |
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